そして時は進み、翌日・・・日本時間二月四日深夜。

「・・・だいぶ魔力も頂いたな」

姿勢を変える事無く影の巨獣の魔力回収を満足げに頷く『影』。

すでに想定していた魔力量は大幅に超えている。

もう退却しても良いのだがここで欲が出た。

「あるのだから頂けるものは頂こう・・・全てな」

後に彼は己の判断を心の底から感謝する事になる。

なぜなら彼はこの地で出会ったのだから・・・彼の者と・・・

黒の書四『大聖杯前の惨劇』

暫くして不意に外に異変を感じた。

「魔力の波動・・・よもやここの事が・・・」

眉を顰めつつ彼は外に影を飛ばし様子を伺う。









一方、柳洞寺前では・・・

ほぼ同時刻に到着した四組、合計八騎のサーヴァントの睨み合いはそれほど時間を置かずして乱戦に突入していた。

そのきっかけを作ったのは臓硯だった。

もともと、冷徹で慎重な彼であったが事が己の悲願である『大聖杯』となり冷徹も慎重も全て霧散したようだった。

彼のサーヴァントアサシンに攻撃を命じた。

「アサシン!!はよう、他のマスターを始末せい!!」

「はっ」

号令の元臓硯と慎二以外のマスターにダークを叩き込むアサシン。

だが、その様なマスターへの攻撃が通るはずもなく、

「はっ!!」

「ふっ!」

セイバーとライダーには弾かれ、

「あ〜かったりぃ〜弾く気にもなれねえが仕方ねえ」

やる気の無い声でランサーにやはり弾かれ

「――――」

バーサーカーはそもそも弾く気すらなく自身の身体を盾としてマスターを守る。

そして、

「・・・・」

キャスターのマスターである宗一郎は自身の拳でアサシンのダークを撃墜した。

この瞬間戦闘が発生した。

本来なら全員が敵対行為をしたアサシンに向かう筈であるのだが、更に言峰が

「ランサー、ギルガメッシュ、この機に乗じて行くぞ」

『大聖杯』に向かわんと歩を進め、それを見咎めたイリヤと慎二がそれぞれのサーヴァントをけしかけた。

「バーサーカー!構わないからコトミネごとサーヴァントを始末しなさい」

「小次郎、奴らを向かわせるな」

「―――――――!!」

「かしこまった慎二殿」

それに応じるように前に出るのはギルガメッシュとランサー。

「ふん神の仔め。我直々に処断を下してやろう」

「ほう、てめえとなら面白い戦いが期待できそうだな」

一方アサシンに襲い掛かるのはライダー、

「ふっ!!」

「くっ!流石に素早い」

「私の相手はお主か・・・だが、速度で我に勝つのは不可能だが」

「そうでしょうね。ですが真正面からの戦闘が貴方に出来るとは思えません」

「くっくっ・・・これは甘く見られたもの・・・まあ良い、貴様の心臓を抉り出しわが主の悲願の前祝とさせて貰おうか」

その瞬間黒き疾風同士が平行して移動と攻撃、防御を繰り出す。

そして一方では人の身でサーヴァントをも打破できる剣技を完成させた男と豪放なる槍兵がぶつかり合う。

「おおおお!!」

「ふっ甘い」

ランサーの一撃・・・それも線でなく点の攻撃・・・を容易く見切りはじき返し、返す刀で打ち返す。

だがそれをやはりランサーの神速の槍捌きが機動を逸らす。

「ふははははは!!!神の仔よこれを受けるが良い!!」

一方ギルガメッシュはバーサーカーの爆撃の如き一撃をかわし石段から無数の鎖を投げつける。

それは意思を持ったが如くバーサーカーの身体を拘束する。

本来ならこのような鎖拘束の役目など果たす筈がない。

しかし、

「バーサーカー!!」

「――――――――――!!!!」

バーサーカーがいくらもがいてもその鎖はびくともしない。

それも当然。

この鎖はかつてギルガメッシュがただ一人の友と共に大地を荒らす天の牡牛を捕らえ戒める為に用いた『神を律する』鎖、『天の鎖(エルキドゥ)』

神性が高ければ高いほどこの鎖は強度を増し、バーサーカー=ヘラクレスランクの神性では身動きすらままならない。

「はーーーっはははははは!!さあ次は我の蔵を受けるが良い!『王の財宝(ゲートオブバビロン)』!!」

その瞬間ギルガメッシュの背後の空間が歪みそこから無数の剣が沸きあがる。

しかも

「ちょっと!!なにあれ!!」

「おい待て!!なんであの野郎が俺のゲイボルグまで・・・げっ!!ありゃグングニル・・・フラガラックまで!!」

そこに現れたのは全て宝具・・・しかも本物だった。

「そっか!!」

それぞれが騒然とする中、いち早く気づいたのは凛だった。

「あいつが最古の英雄王なら世界各地の宝具の原典を持っていてもおかしくない・・・じゃあ・・・あれってあいつにとってただの武器!?」

「ほう、流石に頭の回転が速いな凛」

感心するように言峰が呟く。

「ちょっと!!綺礼!あんたそれ反則よ!!反則!!」

「別に他人から奪った訳ではない。れっきとした私のサーヴァントだが、何か文句でも?」

「けっ良く言いやがる・・・俺はしっかりとマスターから奪いやがったくせに」

ランサーが小声で罵る。

「ふん、余興は終わりだ。さあ消えよ神の仔よ!!」

指が鳴らされ剣がスコールの如くバーサーカーを打ち砕く。

貫かれ切り裂かれ、轟音が止まった時、そこにはかつてバーサーカーだったものが横たわっていた。

「見たか我の力をさて次は」

「それは少しバーサーカーを甘く見すぎよ」

ギルガメッシュの言葉を遮るようにイリヤが余裕のある声で告げる。

「なに?」

その瞬間

「―――――――――――!!!!」

咆哮をあげてバーサーカーが立ち上がった。

それも何処にも傷は無い。

「なに・・・!!そうかこいつが神の仔なら」

「その通り、バーサーカーの宝具はその肉体。『十二の試練(ゴットハンド)』によってバーサーカーは十一回自動的に蘇生がかかるわ。今のは流石に効いたようね。バーサーカーが二回死ぬなんて。だけどそれでも残りは九回、それに受けた攻撃は問答無用で無効化するわ。どう私のバーサーカーの方が最強でしょ」

ふふんと得意そうに笑うイリヤ

だが、それを見てもギルガメッシュの表情に変化は無い。

いや、むしろ

「ほう面白い。ならば死に物狂いで足掻いて見せろ神の仔よ。我が残りの命全て滅ぼしてやろう」

不敵な笑みで応じる。

「やれるものならやって御覧なさい。それに一対一じゃないのよ」

「何?」

「そうですギルガメッシュ。私がいます」

そういって現れたのはセイバー、

「ほう、正々堂々の勝負が趣向の騎士王が二対一を行うのか?」

「貴方の実力から見ればこれでも生ぬるいのでは?それにこれが最後の戦いではない以上余計な力の消耗は出来ない。ここで倒すだけです」

「そうか!ならば神の仔を滅ぼしその後お前を我が物としてやろう!!」

更にどの戦闘にも介入していないキャスターは漁夫の利を得んと虎視眈々と介入の機会を待っていた。

こうして乱戦は激化の一途を辿っていった。









「ほう・・・これは興味深い・・・英霊の魂か・・・」

その光景を余す事無く観察していた『影』であったが不意に笑みを浮かべる。

「・・・行け」

何か小声で呟くと彼の周囲に漂っていた気配が消えた。

「・・・貰えるものは貰うとしよう・・・」

その言葉が全てを物語っていた。









一方、その戦いを固唾を呑んで見守っていたマスター達だが、異変に気付いた。

「・・・・?姉さん・・・」

「どうしたの桜」

「あれなんですか?」

「あれ?あれって・・・影?」

「でも・・・」

「おかしいわね。あんな所に影なんて・・・えっ!!」

「ちょっとどうしたの・・・よ・・・」

最初に気づいた凛達が絶句する。

突然影から細長いものが吹き上がると先端が鋭い鉤爪の付いた手と化した。

それも一本でない。

ここにいる全員を取り囲む様にその数は五十近く。

「な、何これ!!セイバー!」

「ライダー!戻ってきて!」

「バーサーカー!戻りなさい!」

「小次郎!僕を守れ!」

「ハサン、はよう戻れ!」

「ランサー、ギルガメッシュ、一旦戻れ」

身の危険を察したのか直ぐにそれぞれのサーヴァントを呼び戻すそれぞれのマスター。

「キャスター下がれ」

「宗一郎様・・・」

ただ一人サーヴァントであるキャスターを後ろに下げて戦闘体勢を取るのは葛木宗一郎。

そして全サーヴァントがマスターの元に戻った一秒後、遅れを取るように触手が一斉に襲い掛かる。

次々と襲い掛かる触手を切り裂き薙ぎ払う。

だが、触手はいくら切り払っても際限無く襲い掛かってくる。

「くっ!リン、これではきりがありません!戦いながら『大聖杯』の元に向かいましょう!」

「でも、結界で弱体化した所を狙われたら・・・」

「大丈夫です、サクラ。幸いこの触手は極めて弱い。結界に囚われた状態でも十分に戦えます」

「そうね。それに急いだ方がいいわね。もうゾウゲンとコトミネは向かったみたいよ」

「何ですって!!!」

見れば確かにここにいるのは、自分達の他は慎二と偽アサシン=佐々木小次郎、そして葛木宗一郎とキャスターのみ。

いつの間にか臓硯と言峰はサーヴァント諸共姿を消していた。

「あんの醜悪老人に陰険中年、やってくれたわね!桜、イリヤ!!直ぐに後を追うわよ!」

「ライダー!貴方は先行して『大聖杯』の道を探して!!」

「わかりました」

「セイバーは前方の敵をお願い」

「わかりましたリン」

「バーサーカー、貴方は後方よ。構わないから近寄る触手は片っ端から潰しなさい」

「―――――――!!!」

直ぐにフォーメーションが組まれ、まずライダーが結界内に突入する。

そして触手と交戦しながらじりじりと結界に近寄り、まずセイバーが露払いの役目を果たすべく侵入しごく少量の触手を切り払う。

続いて凛、桜、イリヤが、そして最後にしつこく追い縋る触手を地面ごと薙ぎ払ったバーサーカーが結界に侵入。

そこにやはりこれ以上の交戦は無益と見たのか、宗一郎が後退してきた。

キャスターをお姫様抱っこよろしく抱き上げて。

普通なら熱愛のカップルと思ってしまうのだが、それが姫君と忠実な従者と見えてしまうのはやはり抱き上げている人間の纏う空気ゆえだろう。

その二人に触手が一本襲い掛かる。

それをさして慌てるでもなく、キャスターを抱き抱えたまま、自らの拳で迎撃、削ぐように先端をなぎ払った。

「ああ・・・宗一郎様・・・素敵です」

それにすっかり陶酔した声を出すキャスターと

「・・・何者よ・・・あの教師」

呆然とした声を出す凛がいた。

ともかく通常なら敵対するのだが、この異常故に、暗黙の内に一時休戦が成立し先行したライダーが見つけた入り口から洞窟に侵入を開始した。

その間およそ目立った襲撃を受ける事は無かったがそれは最後に残された者に全ての負担が圧し掛かったことを意味していた。

「くそっ・・・遠坂達を足止めする所か僕達が足止めされるなんて・・・」

一番石段から遠い場所故に、後退しようにも後退しきれず凛達の先行を許し更に自分達は動くに動けない状況となってしまっていた。

「小次郎、僕達も急いで後を追う。何とかこのうざったい触手を薙ぎ払って道を作れ。その隙に僕が結界に向かうから」

「承知した慎二殿」

そう言い小次郎は静かに剣を構える。

その瞬間彼は修羅と化す。

秘剣

月光に照らされ剣が静かに舞う。

燕返し

剣の牢獄が至近に存在していた触手を断ち切る。

そこからの小次郎はまさしく剣鬼を思わせる戦いを見せた。

剣を振るえば触手が舞い、草を刈る様に黒き海に土色の道が出来上がる。

そして完全に道が出来上がった時、慎二は一気に駆け抜け結界に突入する。

「小次郎!!もう良い。早くお前も来い!」

マスターの命令に従い触手と交戦を続けていた小次郎も適当な所で打ち切り、結界に侵入を果たす。

「急ぐぞ」

「承知」

先を急ぐ慎二と後ろを守りながらそれについて行く小次郎。

やがて、臓硯に教えられた『大聖杯』への入り口に到着する。

「ちっ、もう全員中か・・・急ぐぞ小次郎」

そう言って一目散に駆け出す慎二。

「!!慎二殿!!行かれては」

小次郎の警告とそれが同時なのかどちらが先かはわからない。

だが、気付いた時、慎二の背中二ヶ所からあの禍々しい触手が生えていた。

「あ、あああ・・・」

確認するまでも無い。

駆け出した慎二をカウンター気味に触手が胸部と腹部に一本づつ貫いた。

もはや致命傷に他ならない。

信じられない様に自分の傷口をしげしげと見る慎二。

「な、なんだよ・・・これ・・・どうして僕が・・・」

「慎二殿!!」

小次郎の剣が一閃の内に触手を両断する。

「慎二殿!慎二殿!!」

気付けば触手が小次郎達を囲み次々と襲い掛かる。

「邪魔をするな!!」

常日頃は表情など変えぬ小次郎が憤怒に顔を染め上げ近寄る触手を次々と切り払う。

その様はまさしく修羅。

しかし、いかにサーヴァントと言えただ一人、限界があった。

小次郎がわずか・・・そうほんの少しスピードが緩んだ瞬間、

「!!!」

一本の触手が小次郎を貫く。

「が、おおお!!」

力を結集させたかのように触手を引き抜くが、それが致命的な隙となった。

「あが!!!」

彼の胴体が触手と化したのかと錯覚するほど、小次郎は触手に貫かれた。

「し、慎二・・・ど・・・」

手が直ぐ近くで倒れ付す主に差し出される。

しかし、それも途中で終わる。

更に触手に覆われ、小次郎の身体はそのまま影に埋め込まれる様に消えていった・・・









「まずは・・・一体」

満足げな表情で呟くのは『大聖杯』に佇む『影』。

魔力を貪る様に食らう影の巨獣の口元に何かが落ちてきた。

それは全身穴だらけ、血まみれだったが紛れも無く佐々木小次郎だった。

それを巨獣は口に咥え二・三回咀嚼すると吐き出す。

それで佐々木小次郎の現界していた魔力を残らず奪いつくしていた。

そして吐き出された残りカスはあっと言う間に煙の如く消えてしまった。

「よし・・・さて・・・もうすぐと言った所か」

最初は噴き出す勢いだった魔力はもう湧き出す程にまでその勢いは落ち込み、巨獣も食らうと言うよりは舐め取るように魔力をその体内に飲み込み、影を経由して彼のただ一人の君主に送っている。

既にアンリ・マユは全て巨獣に飲み込まれている。

しきりに影の中から脱出しようともがいている様だがそれも無駄な努力であった。

「さて残りは・・・」

そう呟いた時『影』目掛けて短剣が降り注ぐ。

「・・・奇襲か」

だが、それに驚くでもなくただ淡々と上半身を反らす事でかわす。

その視線の先には黒のフード付きマントを羽織った髑髏仮面・・・アサシン『ハサン・サッバーハ』がいた。

そして、入り口近くには

「アサシン!速く奴を始末しろ!!」

常の冷徹が嘘のようにわめきたてる間桐臓硯がいた。

「・・・」

しかし、アサシンの方はマスターに比べるとはるかに冷静沈着だった。

(拙い・・・この相手油断ならぬ・・・魔術師殿の望む短期決着とはいかん)

先程のダークをかわす手腕で彼は目の前の標的が油断ならぬ相手と確信していた。

出来れば一時撤退して態勢を整えるか、他のサーヴァントが争っている内に漁夫の利を得てしまいたいのが彼の本音だ。

しかし、それをマスターが許す筈もない。

いや、常日頃の彼ならばそれを良しとする。

だが、今の彼は普段の冷徹も狡猾も失われ、己のサーヴァントの実力を加味もせず、ただ喚き散らす三流のマスターに落ちぶれてしまっていた。

これでは引く事も出来ぬ。

止むを得ずアサシンは高速移動しながら次々とダークを打ち放つ。

スピード・コントロール、全てが一級品。

だが、それを『影』は避けるでもなく弾くでもなくただ、佇んでいた。

ダークを全て影の腕に受け止めさせて。

「なっ・・・」

「いい腕だ。それだけの速度でありながら全てが私の眉間・心臓・咽喉仏に集中している」

その表情は見えないが口元を綻ばせ、更に口調からしてこの状況を明らかに楽しんでいる。

「返す」

すると今度はダークを受け止めた腕が全てアサシン目掛けてそれを投擲する。

「!!」

とっさにかわすが数本が掠める。

そして、アサシンは確実に追い詰められていた。

ダークの攻撃は通用しない。

そうなれば後自分に残されているのは宝具のみ。

だが、それも通用するとは限らない。

彼の宝具は標的が対魔術に優れていれば通用しない。

だが、もうこれしか手は無い。

再度ダークの投擲で気を僅かでも逸らしその隙に宝具を叩き込む。

分は相当悪い賭けだがこれしかなかった。

だが、分の悪い中作り上げた作戦は事もあろうに

「何をしておる!!この役立たずめ!さっさと宝具で仕留めてしまわんか!!」

自身のマスターの命令によって台無しにされてしまった。

「くっ・・・」

悔しさに歯軋りを起こしそうだが、あれでも主は主なのだ。

命には逆らえない。

相打ち覚悟で突撃を敢行する。

腕が次々と襲い掛かり、アサシンの身体を傷付けるが、それを気にせず距離をつめる。

そしてついに射程距離に収めたと見るや唯一庇い続けた腕の拘束を解き放つ。

「怨みは無いがその心臓潰させてもらう」

腕は魔鳥の翼の如く広がり呪いの腕と化す。

「妄想心音(ザバーニーヤ)」

その腕は『影』の心臓を作り上げそれを握りつぶす事で対象を殺す。

まさしく必殺。

だが、なぜ・・・

「なるほど・・・」

この男はまだ笑っていられるのか?

「いい能力だ。仮想の心臓を作り出しそれを破壊する事で対象を呪殺するか」

「!!」

一目見ただけで能力を察したと言うのか?

「だが・・・いかんせん相手が悪過ぎたな・・・影状変更(シャドー・チェンジ)」

その瞬間、影は急速に姿を変え

「!!!がああああああ!!!」

アサシンは自身の心臓を握りつぶされていた。

いや・・・正確には自分で自分の心臓を握り潰していた。

それも『影』を守る様に立ちはだかる己の影の心臓を。

「その力、ここで朽ちさせるのはあまりにも惜しい・・・お前の能力は私が、魔力は陛下の御為に使われよう。それを誇るが良い」

その言葉と同時に触手がアサシンを貫きそのまま巨獣に食われる。

「さて・・・」

入り口を見るがそこにはもう誰もいない。

「逃げたか・・・まあ良い・・・あのようなゴミ、陛下の内に入れても百害あれど一利も無い」

敢えて臓硯を見逃した・・・いや、正確には黙殺した。

あのような蟲がどう喚こうと自分には関係ない。

もし臓硯が現れたらその時には殺すよりも惨たらしく臓硯を始末するつもりでいるが。

彼からしてみればあれ程の腕の英霊を無駄な突撃で失う事に強すぎる憤りを覚えていた。

「愚劣な主を持った臣下ほど哀れな存在は無い・・・あのような屑よりも今はこちらだな」

そう言うと、彼の意識は『大聖杯』に向けられもはや臓硯には一顧だにしなかった。









一方・・・『大聖杯』から逃げる様に入り口に向かうのは間桐臓硯。

「く・・・このような事が・・・このような事が・・・」

しきりに現状を罵りながら。

「アサシンめ・・・何の役にも立たんとは・・・」

己の非を認めずただひたすらサーヴァントに責任を擦り付ける。

更には

「おまけに慎二め何をしておる。あのような触手にくたばるとは・・・まったく役立たずの孫じゃわい」

既に致命傷を負った慎二にも悪態を忘れない。

「ともかく今は退くしかない・・・又次の機会を」

「残念だがそれは永久に来ない」

臓硯の言葉に一番聞きたくなかった声を聞く。

次の瞬間臓硯の両足両腕が吹き飛び、心臓が真紅の槍に貫かれる。

「な・・・んじゃと・・・」

そこにいたのは紛れも無い言峰綺礼と彼のサーヴァント英雄王ギルガメッシュそしてランサーだった。

それぞれ表情は異なっていたがその感情は完全に一致していた。

それは・・・軽蔑・侮蔑だった。

「ふん、この様な蛆虫に我の蔵を使うとは・・・最も価値の無い我の財すらこの蛆虫には過大と言う物だ」

「けっ、俺の槍が下衆の血で汚れたぜ」

この二人の台詞から察するに、つまり彼の蔵から撃ち出した剣が四肢を、ランサーのゲイボルグが心臓をそれぞれ貫いたと言う事だ。

「こ、言峰・・・ま、まて・・・良いのかわしを殺しても?わしは今まで『大聖杯』を占拠していた相手と戦っておったのだぞ・・・わしならば奴の情報を・・・」

最後まで聞く事無く言峰は臓硯の頭を掴む。

「ふっ、あいにくと蛞蝓に情報を請うほど私も酔狂でないからな。安心しろ間桐臓硯。直ぐに終わる」

そういうと、言峰綺礼は厳かに詠唱を始めた。

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

臓硯の頭部を岩肌にこすり付けながらその詠唱は

「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

何の淀みなく続けられる。

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

「ひ、ひいいい!!や、止めろ言峰!!頼む止めてくれ!!」

顔が半分以上失った状態であっても臓硯は我を忘れて懇願した。

それをも無視して言峰は詠唱を続ける。

休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は死の中でこそ与えられる。・・・許しはここに。受肉した私が誓う

もはや臓硯の頭部は原形すら留めていない。

そこに言峰の最後の詠唱が響く。

・・・“この魂に哀れみを”(キリエ・エレイソン)」

その瞬間、洞窟を光が覆い残った肉体は霧の様に霧散してしまった。

「コトミネ、あの蛆虫はこれで死んだのか?」

「いや、おそらく間桐慎二に眠る本体にギリギリ逃げ込んだ」

「おいおい、大丈夫か?」

「仔細無い。どの道あれにはもう何もする事は出来ん。少なくともこの『聖杯戦争』中はな」

それだけ言うともう興味を失せたとばかりに先を急ぐ言峰。

それに続こうとしたギルガメッシュとランサーだったが、直ぐに後ろを振り返る。

「けっ、また来たぜ」

「ではこの場はお前に任せるランサー」

「ああ、そうさせてもらうぜ。てめえらと一緒にいる位ならこれと戦った方がまだましだ」

その言葉と同時に暗闇から襲い掛かる触手とランサーは戦闘を開始していた。

その間に言峰とギルガメッシュは静かに『大聖杯』に向かって行った。









一方・・・言峰綺礼の推測通り間桐臓硯は間桐慎二の心臓に潜んでいた本体の蟲に逃げ込んでいた。

そう・・・正しき歴史における間桐桜と同じ待遇・・・臓硯の支配を受けその魔力は悉く臓硯に略奪される待遇・・・を慎二は受けていた。

(くっ・・・もうこの肉体も死んでおる・・・使い物にならん・・・まったく役立たずが・・・とにかく今は脱出し魔力の回復を・・・)

ただひたすら生存の欲求のみに突き動かされ慎二の身体から這い出る。

だが、次の瞬間猛烈な殺気を頭上から感じ取る。

「?」

見上げれば・・・そこには・・・靴底があった。









その後の事は記す必要は何もない。

マキリ五百年の執念に囚われた怪老間桐臓硯と、その哀れな人形間桐慎二は共に死亡し、この冬木の地にてマキリと言う魔術師一族は完全に滅亡した。

黒の書五巻へ                                                                                       黒の書三巻へ